大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(行ウ)184号 判決 1992年7月29日

原告 内山重喜 外九名

被告 江戸川税務署長

訴訟代理人 渡邉和義 川田武 ほか二名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求の趣旨

被告が原告らの昭和六二年七月一六日の相続開始に係る相続税について、いずれも平成元年四月二〇日付けで原告らに対してした、別表1の「課税の経緯」記載の各更正(ただし、いずれも同表記載の国税不服審判所長の裁決及び被告の再更正によって取り消された部分を除く。以下「本件各更正」という。)のうち、課税価格及び納付すべき税額について同表の「修正申告」欄記載の各金額を超える部分及び同表記載の各過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも同表記載の国税不服審判所長の裁決及び被告の変更決定によって取り消された部分を除く。以下「本件各決定」という。)をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実

1  本件処分の経緯等

(一) 内山辰太郎(以下「辰太郎」という。)は、昭和六二年七月一六日に死亡し、原告らが辰太郎を相続(以下「本件相続」という。)した。

(二) 原告らの本件相続に係る相続税の申告とこれに対する更正等の経緯は、別表1の「課税の経緯」記載のとおりである。

2  本件相続に係る相続税の課税価格の内訳等

(一) 被告は、本件相続により原告らが取得した財産、債務等の内容、取得割合、価額が別表2の「相続財産の明細表」記載のとおりとなり、これを基に計算した原告らの相続税の課税価格、相続税額及び加算税額が、別表3の「各相続人の納付すべき税額等の計算表」及び別表4の「過少申告加算税の計算表」の各記載のとおりとなるものと主張している。

(二) この取得財産等の内容、取得割合、価額、税額等については、相続財産を構成する別表2の番号44から51までの各土地(以下「本件土地」という。)の価額に関する部分を除いては、いずれも当事者間に争いがない。

これを別表3の「各相続人の納付すべき税額等の計算表」に即していえば、同表の番号<1>の欄の本件土地の価額を除く各相続財産の価額、すなわち番号<2>及び<4>から<7>までの欄の各価額及び同表の番号<9>の欄の債務・葬式費用計の額については、その総額及び各原告ごとの額についていずれも当事者間に争いがなく、また、別表3及び同4の税額の各計算表についても、その計算方法自体については、いずれも当事者間に争いがないことになる。

3  本件土地の取得に関する経緯等

(一) 辰太郎は、昭和五六年ころから病臥し、同五七年一〇月に脳動脈硬化性痴呆症で八王子市の永生病院に入院した後退院することなく、同六二年七月一六日に八六歳で死亡した。

(二) 辰太郎は、いずれも原告内山重喜(以下「原告重喜」という。)を代理人として、右入院中の昭和六二年二月二四日、株式会社千葉銀行から一八億二〇〇〇万円を借り入れ、同日、右借入金で本件土地を代金一六億六一〇〇万円で買い入れた。

(三) 辰太郎の死亡後の昭和六三年六月一四日、原告らは、本件土地全部を一八億円で他に売却し、その売却代金を前記千葉銀行からの借入金の返済に充当した。

二  本件の争点

1  課税実務上、相続財産の評価については、「相続財産評価に関する基本通達」(昭和三九年四月二五日直資56・直審(資)17(例規)。ただし、平成三年一二月一八日課評2―4課資1―6(例規)により題名が改められ、現在は「財産評価基本通達」となっている。以下「評価基本通達」という。)の定めるところに従った評価が広く行われている。

本件では、前記のとおり、本件土地の相続財産としての価額をいくらと評価すべきか、具体的には、評価基本通達による評価額一億二一〇二万二四九八円とすべきか、それとも評価基本通達にはよらず取得価額等から算定した客観的な市場価格である一六億六一〇〇万円とすべきかが争われている。

なお、本件土地について評価基本通達に従って評価すると、その価額が右のとおり一億二一〇二万二四九八円となることについては、当事者間に争いがない。

2  この点につき、被告は、本件土地については、その取得の経緯等からして、その相続財産としての価額の評価を評価基本通達の定めによって行うべきものではなく、その現実の取得額等から算定したその客観的に市場価格である一六億六一〇〇万円をもってその価額とすべきであり、この評価方法によって本件相続による原告らの相続税の課税価格、相続税額等は前記別表3及び同4に記載するとおりとなるものとし、その論拠として以下のとおり主張している。

(一) 相続税法(以下「法」という。)二二条は、相続税の課税価格となる相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によるものとしており、この時価とは、相続開始時において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうものと解されている。しかし、財産の客観的な交換価格を算定することは必ずしも容易でないことから、評価基本通達は、課税の公平を期し、簡易迅速な処理を図るために、財産評価の一般的な基準としていわゆる路線価方式等の評価方式を設け、この基準によった評価を行うこととしている。

しかるに、評価基本通達は、一般的で通常の状態にある財産についての基本的な評価方法を定めたものにすぎず、特殊な状況にある財産については、これに応じた合理的な評価を予定している。このことは、たとえば使用貸借に係る土地等については評価基本通達とは別に個別通達でその取扱が定められ、また、評価基本通達自身においても、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」(評価基本通達6)と定められていることからも明らかである。

したがって、簡易な時価の算定方式である右の路線価方式等による評価額が不合理であるとか、この方式によって評価をすることが課税の公平を害する結果となるという場合のように、評価基本通達に定められた評価方式によることが著しく不適当と認められる特別な事情がある場合に、他に当該財産の客観的な交換価格を評価する方法があれば、評価基本通達の定める方法によらず、この客観的に交換価格を評価する方法によって、財産の評価を行うべきである。

(二) ところで、土地の価額の高騰期において、被相続人が、評価基本通達に定められた方法による相続財産評価額と現実の取引価額との間に開差を生じていることを悪用して相続税の負担を免れるという状況を作り出しているような場合には、その土地を評価基本通達の定める方法によって評価することは、富の再配分機能を通じて経済的平等を図るという相続税の目的を阻害し、このような工作をするための多額の借入金の担保となる資産を有しない他の納税者との間で課税負担の公平を大きく害することとなり、租税公平主義に反して著しく不適当である。

本件においては、辰太郎は、評価基本通達による本件土地の評価額とその取引価格との間にある開差を悪用して、相続開始直前に経済的合理性を無視した異常に高額な金員の借入れを行って本件土地を取得し、本件相続の開始後原告らが本件土地を売却して右借入金を返済することにより、本来の相続財産には何ら実質的に変動がないにもかかわらず、右の本件土地の評価額の開差に相当する余剰債務を発生させて、相続税の負担を軽減するという状況を作り出しているのである。したがって、本件土地の相続財産としての評価額を評価基本通達によって評価することは、課税の不公平を助長することとなって著しく不適当であり、その価額の評価は、その客観的な交換価格によって行うべきである。

(三) そして、本件相続開始時における本件土地の客観的な市場価格は、本件土地が前記のとおり相続開始後一八億円で売却されていることからみれば、その取得価額である一六億六一〇〇万円を下回ることはないものということができる。

(四) なお、昭和六三年一二月の税制改正(同年法律第一〇九号)により立法的手当てがされた租税特別措置法六九条の四の規定は、動機のいかんにかかわらず、相続開始前三年以内に取得した土地・建物等について、相続税の課税標準に算入すべき価格を、法二二条所定の時価によることなく、一律にその取得価額とすることを制定したものであり、本件のような事例に対する迅速かつ適正な措置を実現することを目的としたものであるから、同法立法前の適正な課税措置、すなわち、客観的な市場価格による評価・課税を否定するものではない。

3  これに対し、原告らは、本件土地の相続財産としての価額は評価基本通達の定めに従った評価額とすべきであり、また、そもそも被告は、本件審査段階までは本件土地の評価について右のような主張をしていなかったにもかかわらず、本訴において初めてかような主張をすること自体、許されないものであるとし、その論拠として以下のとおりの主張している。

(一) 税法上の「時価」の概念は、各法律ごとに、それぞれの課税目的に沿って個別的、相対的に解釈されるべきものであるところ、相続税は、人の死亡による偶発的、包括的な財産の取得を課税原因として課される税であり、しかも土地の場合はその正確な時価を把握することが容易でないことから、相続財産としての土地の評価に当たっては、評価の安全性を見込んだ、比較的低い価額でその時価を評価せざるを得ないことになる。評価基本通達による土地の評価手法は、このような事情を基に規定されているものであるから、この評価基本通達による評価額が、まさに法二二条にいう「時価」に他ならない。したがって、本件土地について、相続開始時に近接する時点での取引価格等からその客観的な市場価格を明らかにできる場合であっても、評価基本通達に定める方法以外の方法でその評価を行うことは法二二条の法意に反し、その解釈適用を誤るものである。

(二) また、評価基本通達による評価の方法は、その制定以来長期にわたって不特定多数の納税者に対して反復継続して適用されてきており、国民一般の間に一つの規範として定着するに至っている。すなわち、土地についてはその相続財産としての価額を評価基本通達に定める方法によって評価するということは、既に慣習法たる行政先例法として確立するに至っているものというべきであり、課税庁も右行政先例法に拘束されるから、特定の土地についてのみ評価基本通達に定めるものとは異なる方法によってその評価を行うことは許されない。

なお、このことは、昭和六三年の法改正によって租税特別措置法六九条の四の規定が新設され、相続開始前三年以内に取得した土地等については、法二二条の規定にかかわらず、取得価額を課税価格とするものと定められるに至ったことによっても裏付けられているものと考えられる。というのは、この法改正は、不動産の実勢価額と評価基本通達による評価額との間に開きがあることに着目して借入金によって不動産を取得するという形で行われる租税回避行為に対する対抗措置として行われたものとされており、その実質は、評価基本通達に対する特別規定の制定に他ならない。すなわち、このような評価基本通達に対する特例を定めるのに法律の形式をもって規定することとしたこと自体、評価基本通達が既に行政先例法として確立していることを法律自体が認めたことになるからである。

(三) さらに、前記のとおり、相続財産たる土地の評価については、通常の取引価格よりも低い水準の評価基本通達の定める方法による評価が一律に行われているのであるから、本件土地についてのみ評価基本通達による水準より高い水準によってその評価を行うことは、憲法一四条一項の定める平等原則あるいは租税平等原則に反するものであって、許されない。

(四) また、評価基本通達は、課税庁自らが制定して公表し、長期間にわたって反復継続して適用してきたため、国民の間にも定着し、その信頼を得るに至っている。したがって、特定の土地についてのみ評価基本通達の定める方法によらず、別の方法によってより高く評価するということは、禁反言の法理、信義則及び信頼保護の原則に反するものとして、許されない。

(五) 同時に、評価方法の変更に関する前記のような被告の主張によれば、いかなる場合に、被告の主張する評価基本通達による方法以外の方法によった評価が行われるべきこととなるのかが全く不明確であり、法的安定性や納税者にとっての予測可能性を害し、課税庁の恣意的課税を許すことになる。

また、右主張に従えば、そもそも純粋に客観的であるべき相続財産の評価について当該不動産の取得の動機、目的等といった主観的要素を斟酌することとなるが、このような不明確な要件のもとに相続財産の評価の方法の変更を認めることは、財産評価に名を借りた懲罰課税を容認することとなり、租税法律主義の立場からして到底許されない。

(六) また、本件のように相続財産の評価方法を変更することは当該財産の取得行為を否認することにほかならず、法の個別規定がない場合は許されないものと解される。昭和六三年の租税特別措置法六九条の四の規定の新設は法が否認規定を設けたものであり、本件相続時には右の規定がなかった以上、評価方法を変更することはできないものというべきである。

(七) 被告は、本件更正時から審査段階までは、原告重喜の無権代理行為又は辰太郎の意思無能力を理由として本件土地及び本件債務は相続財産を構成しないと主張してきたのに、本件訴訟の段階において初めて、本件更正の理由を前記の被告の主張に差し替えた。このような更正理由の差し替えは不服審判制度を骨抜きにするものであり、許されるべきではない。

(八) なお、本件借入及び本件土地購入は、首都圏において地価が急騰していた当時において、転売利益を図ることをも目的として行われた通常の取引行為であって、経済的合理性を欠く異常な取引ということはできない。

第三争点に対する判断

一  法二二条は、相続税の課税価格となる相続財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得時における時価によるべき旨を規定しているところ、右の時価とは相続開始時における当該財産の客観的な交換価格をいうものと解するのが相当である。

しかし、財産の客観的な交換価格は必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、相続財産評価の一般的基準が評価基本通達によって定められ、そこに定められた画一的な評価方式によって相続財産を評価することとされている。これは、相続財産の客観的な交換価格を個別に評価する方法を採ると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価価額が生じることを避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることなどからして、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的であるという理由に基づくものである。

そうすると、時に租税平等主義という観点からして、これが形式的にすべての納税者に適用されることによって租税負担の実質的な公平をも実現することができるから、特定の納税者あるいは特定の相続財産についてのみ評価基本通達に定める方式以外の方法によってその評価を行うことは、たとえその方法による評価額がそれ自体としては相続税法二二条の定める時価として許容できる範囲内のものであったとしても、納税者間の実質的負担の公平を欠くことになり、原則として許されないものというべきである。

しかし、他方、評価基本通達に定められた評価方式によるべきであるとする趣旨が右のようなものであることからすれば、右の評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税の目的に反し、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等の特別な事情がある場合には、例外的に法二二条の「時価」を算定する他の合理的な方式によることが許されるものと解すべきであり、このことは、評価基本通達6において「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と定められていることからも明らかである。

二1  ところで、本件土地は、前記のとおり、高齢で病気のため入院中であった辰太郎が、その死亡の直前の時期に、銀行から一八億二〇〇〇万円もの多額の資金を借り入れて購入し、辰太郎の死後間もなく、原告らがこれを他に売却し、その売却代金をもって右銀行からの借入金債務を返済して相続に係る財産内容をほぼ原状に復したというものである。

2  また、前記で認定した事実からすれば、辰太郎が死亡する約五か月前の昭和六二年二月に一六億六一〇〇万円で買い受け、原告らが翌昭和六三年六月に一八億円で他に売却した本件土地の本件相続開始時における客観的な市場価格(時価)は、少なくとも右辰太郎の取得価額である一六億六一〇〇万円を下回ることはなかったものと考えられるところである。

3  そして、原告らに対する相続税の課税に当たって、本件土地の価額を評価基本通達に基づき一億二一〇二万二四九八円と評価してこれを相続財産に計上し、その購入資金である本件借入金一八億二〇〇〇万円をそのまま相続債務として計上すると、右借入金のうち本件土地の価額から控除しきれない余剰債務一六億九八九七万七五〇二円が他の積極財産の価額から控除されることとなり、その結果として、本件土地の価額を右の客観的な市場価格である一六億六一〇〇万円と評価した場合に比べて、この価額と右の評価基本通達に基づく評価額との差額である一五億四〇〇〇万円近くもの金額分だけ課税価格が圧縮されることとなる。これを税額についていえば、本件土地を評価基本通達に定める方法によって評価すると相続税の総額は原告らの修正申告のとおり五〇〇四万〇二〇〇円となるのに対して、本件土地を右の客観的な市場価格で評価した場合の相続税の総額は、八億一五九五万八八〇〇円となる。すなわち、本件土地を客観的な市場価格によらず評価基本通達に定める方法によって評価した場合には、辰太郎により一八億二〇〇〇万円の借入れと本件土地の購入という行為が行われたことによって、本件相続に係る相続税について、七億円以上もの多額の負担が軽減されることとなる。

4  以上のような事実にかんがみると、本件においても画一的に評価基本通達に基づいてその不動産の価額を評価すべきものとすると、当該不動産以外に多額の財産を保有している辰太郎については、経済的合理性を無視した異常ともいうべき取引によってその他の相続財産の課税価格が大幅に圧縮されることになるわけであるが、このような事態は、他に多額の財産を保有していないため、右のような方法を採った場合にも結果として他の相続財産の課税価格の大幅な圧縮による相続税負担の軽減という効果を享受する余地のない納税者との間での実質的な租税負担の公平という観点からして看過し難いものといわなければならず、また、租税制度全体を通じて税負担の累進性を補完するとともに富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税法の立法趣旨からして著しく不相当なものというべきである。

もっとも、この点に関し、原告らは、辰太郎の前記借入金による本件土地の取得は、転売利益を図ることをも目的として行われた通常の経済取引行為であって、経済的合理性を無視した異常な取引ではないと主張する(前記第二の二の3の(八))。しかしながら、甲四〇号証によれば、本件借入金の利率は、当初年四・九パーセントと定められていたことが認められる。そして、弁論の全趣旨によれば、この借入れに伴う右の定めによる金利負担の年額八九一八万円は、辰太郎の経常所得の二倍を超えることが認められ、また、甲五二号証及び同五三号証によれば、本件土地は、その取得後、整地工事等を施した上で、昭和六二年四月三〇日に東京電力株式会社に駐車場用地として賃貸されるに至っているが、その賃料は月額三九万六〇〇〇円(委託管理費用を除いた実収入月額は三六万三〇〇〇円)であるため、本件土地から得られる収入額は、右金利負担額の二〇分の一程度にすぎないことが認められる。さらに、乙一号証によれば、右辰太郎の銀行からの資金の借入れに際しては、銀行との間での折衝に当たった原告重喜が、銀行の担当者に対し、右借入れの目的について、辰太郎が多くの財産を所有しているため相続の際には税負担が重くなるので、辰太郎名義で資金を借り入れて不動産を購入することにより、相続税の負担の軽減を図りたいとの説明を行っていたこと、また、乙二号証によれば、本件相続税の申告書を作成した川島輝臣税理士が、申告に当たり、本件土地の取得時期と相続開始時期が近接している上、借入金が本件土地の購入に充てられており、本件土地の現実の取得価額と評価基本通達に定める路線価方式等による評価額との開差が著しいことなどを理由に、本件土地をその取得価額の七〇パーセントで評価するように勧めたのに対し、原告重喜がこれを拒否したことがそれぞれ認められる。これらの諸事情を総合すれば、辰太郎の前記借入金による本件土地の取得は、これを資産として運用しあるいは保有するといった目的から行われたものではなく、経済的合理性を無視し、本件土地の評価基本通達に定められた方法による評価額と現実の取引価額との間に生じている開差を利用して相続税の負担の軽減を図るという目的で行われたものであることが優に認められる。したがって、右の原告らの主張は採用できない。

5  以上によれば、本件においては評価基本通達によらないことが許される前記特別の事情があるというべきところ、法二二条の「時価」として合理性を有すると考えられる客観的な市場価格を算定する方式によって本件土地を評価するのが相当である。

三  これに対し、原告らは、種々の観点から、本件土地についてのみ評価基本通達に定める方法以外の方法によってその価額を評価することは許されないものであると主張しているので、その当否について判断する。

1  まず、原告らは、相続税の特質にかんがみると、評価基本通達による土地の評価額自体がまさに法二二条にいう「時価」に他ならないものであると主張している(前記第二の二の3の(一))。

しかし、法二二条にいう「時価」が、相続開始時における当該財産の客観的な交換価格をいうものと解すべきことは前記のとおりであり、しかも、この財産の客観的な交換価格が必ずしも一義的に確定され得るものではなく、当然に一定の幅をもった概念として理解されるべきものであることはいうまでもないところである。そうすると、評価基本通達による評価額というものも、右のような一定の幅をもった時価の概念に含まれる一つの具体的な価額にとどまるものと考えられ、これ以外の方法によって算定された具体的な価額が、法二二条にいう「時価」の概念から一切排除されるものと解すべき根拠は何ら存しないものというべきである。すなわち、右評価通達による評価方法以外の方法によって算定された価額であっても、それが右のような意味での「時価」の概念の範囲に含まれるものであるときには、それもまた法二二条にいう「時価」に該当するものとすることに、法解釈上の支障はないものと考えられる。

したがって、この点に関する原告らの主張は、採用することができない。

2  次に、原告らは、評価基本通達による相続土地の評価方法は既に行政先例法として確立するに至っているものであるから、被告課税庁も、この方法以外の方法によって土地の評価を行うことは許されないと主張している(同(二))。

しかし、専ら法律の定めるところに従って課税が行われるべきであるとする租税法律主義(憲法八四条)の支配する租税法の分野においては、たとえ納税者にとって有利な内容のものであっても、法律の定める範囲より更にその内容が限定されているという意味で法律の定めとは異なる内容の行政上の先例が、法律と同一の拘束力を持った先例法として機能するという余地を認めることは困難である。

この点について、原告らは、昭和六三年の法改正によって新設された租税特別措置法六九条の四の規定が評価基本通達に対する特別規定を定めたものと解されるとして、このことをもその主張の根拠として援用している。

しかし、同条の規定は、その文言からして、特定の相続不動産について、その相続税の課税価格を法二二条の「時価」によるのではなく、一律にその取得価額とする旨を定めたものであって、評価基本通達ではなく、法二二条の規定自体に対する特別規定を定めたものであることは明らかなものというべきである。

したがって、この点に関する原告らの主張も、採用できない。

3  さらに、原告らは、本件土地についてのみ評価基本通達による評価の水準より高い水準による評価を行うことが、平等原則(同(三))、禁反言の法理、信義則及び信頼保護の原則(同(四))、課税要件が明確に定められていることを要求する租税法律主義の原則(同(五))並びに否認規定なき場合の租税回避行為の否認禁止の原則(同(六))に違反すると主張する。

しかしながら、まず、憲法あるいは税法の要求する平等原則も、合理的な理由があるときに法律の許容する範囲内で課税上異なった取扱いをすることまでを一切禁止したものとは解されないところである。本件においては、本件土地の評価を評価基本通達の定める方法によらず、その客観的な市場価格によるものとすることについて、前記のとおり他の納税者との間での実質的な税負担の公平を図るという合理的な理由が存在しており、しかも、その時価を市場価格によって評価するという評価方法も法二二条の規定に違反するものとは考えられないところである。そうすると、このような取扱いは、平等原則の観点からしても、是認されるものといわなければならない。

また、原告らは、相続財産の評価が評価基本通達の定める方法によって行われるということに対する納税者側の信頼の保護の必要性(原告らの主張する禁反言の法理及び信義則も同様の趣旨と解される。)を挙げるが、本件のような場合において右の信頼によって保護される利益というのは、要するに他の納税者との対比において実質的公平の観念に反するような形で税負担の軽減を享受し得る利益をいうにすぎず、そのような利益は、それ自体法的な保護に価するものとは考えられない。そうすると、このような利益が侵害されることを理由に、本件土地の評価が信頼の保護の必要性に反するとする原告らの主張も、当を得ないものというべきである。

さらに、法二二条にいう「時価」が一定の幅を持った概念と解されるからといって、このことから直ちに右法二二条の規定が租税法律主義の要請に反するとまですることは困難である。そうすると、本件土地を客観的な市場価格によって評価するという評価方法が右法二二条にいう「時価」の評価方法として許容されるものであり、しかも本件においてこのような評価方法を採用することについて前記のような合理的な理由が認められる以上、このような評価が租税法律主義の要請に反するものとして許されないとすることもできないものというべきである。

そして、取得価格による評価は法二二条の文言の解釈の問題であるから、右評価方法を採用することが相続回避行為の否認であるとする原告らの主張は、それ自体失当である。

結局、これらの点に関する原告らの主張は、いずれも採用することができない。

四  なお、原告らは本件土地の相続財産としての評価方法に関する被告の主張は、被告の従前の主張を変更したものであり、このような主張の変更は国税不服審判制度を骨抜きにするものであるから許されないと主張する。しかしながら、本件のような課税処分においては、専ら被告のした課税処分の客観的な適否がその審判の対象となるのであり、右の課税処分において認定された課税標準及び税額がその総額において租税実体法規に定められたところを上回っていればその処分は適法とされることとなるものであるから、被告課税庁は、課税処分の客観的根拠について訴訟の段階で随時新たな主張をすることができると解するのが相当である。したがって、この点についても原告らの主張は採用できない。

五  そして前記二の2によれば、本件土地の客観的な市場価格は一六億六一〇〇万円と認められるから、原告らの相続税の課税価格等の明細は、被告の主張する別表3「各相続人の納付すべき税額等の計算表」記載のとおりとなり、被告のした本件各更正及び本件各決定は、いずれも適法なものということになる。

(裁判官 秋山壽延 原啓一郎 近田正晴)

別表三、四<省略>

別表1 課税の経緯<省略>

別表1(続)<省略>

別表2 相続財産の明細表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例